2009年06月15日

日本海溝(にほんかいこう)とは

日本海溝(にほんかいこう)とは、東日本沖の太平洋底に、海岸線にほぼ並行して存在する海溝のことである。

北は、北海道の襟裳岬沖で大きく東に曲がって千島海溝へと続き、南は、房総半島沖でやや東に曲がり、伊豆・小笠原海溝へ続く。また、房総半島沖では相模トラフと分岐している。最も深い所は8020m。

太平洋プレートが西方向に移動し、東日本がある北アメリカプレート(オホーツクプレート)の下に沈み込む場所に形成されている。

太平洋プレートは、日本海溝で北アメリカプレートの下に沈み込んだ先で、フィリピン海プレートの下にさらに沈み込んでいる。

青森県東方沖地震、三陸地震・三陸沖地震(三陸はるか沖地震含む)、宮城県沖地震、福島県沖地震(福島県東方沖地震含む)、茨城県沖地震、房総沖地震(千葉県東方沖地震含む)などは、日本海溝で起こる海溝型の大地震であり、しばしば津波が発生する。
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海溝(かいこう、trench)は、海底が細長い溝状に深くなっている場所。その深さは深いものでは水面下1万mに達する。海嶺で生まれた海洋プレートが、アセノスフェアに沈み込んでいる場所。

海溝と同じような海底構造にトラフ(trough、舟状海盆)がある。6,000m以上の深さのものを海溝と呼び、それより浅いものはトラフと呼ばれる。

南海地震を起こす南海トラフなどは、浅いだけで海溝と同じ沈み込み帯だが、海溝と異なり、他の成因のものもある。

海洋底が沈む場所 [編集]
プレートテクトニクスでは、海溝は海洋プレートが他のプレートの下に沈み込む場所(沈み込み帯)とされる。海溝から斜め下に向かって薄い板状の地震多発域(和達・ベニオフ帯)があり、その上面では逆断層型にずれていることが、海洋プレート沈み込みの証拠のひとつと考えられている。また最近、海山が割れながら海溝に沈んで行くところが発見された。

海溝は大陸辺縁部の中でも活動的辺縁部で形成される。大陸辺縁部がプレート境界に近いために大陸棚は狭く、大陸斜面は急峻となり海溝を形成する。反対に大陸辺縁部がプレート境界から遠い場所では大陸棚は広く、コンチネンタル・ライズと呼ばれる緩やかで滑らかな海底斜面を形成し、深海平原へとつながる。活動的辺縁部では地震が多発し火山活動も活発だが、それ以外の大陸辺縁部は比較的安定しており地震は少なく火山活動もない。[1]。

地震・火山・列島 [編集]
海溝では、沈み込む海洋プレートとその上のプレートとの間の摩擦のため、スムーズにすべるのではなく間欠的に急激にずれることで沈み込みが進行する。この急激なずれが海溝型地震で、南海地震・東南海地震・東海地震はこれにあたる。またそれ以外にも海洋プレート内部が割れたり、その上のプレートが海洋プレートに押されることで割れたりするため、海溝周辺は地震多発地帯である。断層を参照。

海溝から海洋プレートが沈み込んで一定の深度に達すると岩石の一部が融解してマグマとなり、上昇して地表に火山を形成するため、海溝には平行する火山帯が伴う。詳細は火山を参照。多くは日本列島のような火山列島の形をとり、南アメリカ大陸西岸のアンデス山脈にのみ大陸上に火山帯がある。これを島弧‐海溝系という。 北アメリカ大陸西岸にも同様の火山帯、カスケード山脈があるが、海溝は陸からの堆積物で埋め立てられており不明瞭である。

2009年05月30日

浅井三姉妹

浅井三姉妹(あざいさんしまい)は、戦国武将浅井長政と正室市との間に生まれた三人の娘、茶々、初、江を指す。二度の落城と両親の死を経験し、その後天下をめぐる豊臣家(羽柴家)と徳川家の争いに深く関わったことから、母・市と並んで戦国の女性の代名詞として語られることが多い。

1567年(永禄10年)、市が兄織田信長の命令で近江国(現在の滋賀県)の浅井長政に嫁ぎ、三姉妹が生まれる。やがて長政と信長が対立、1573年(天正元年)に小谷城が落城して長政は切腹、市と三姉妹は織田家に預けられる。信長の死後、市が織田家の筆頭家老であった柴田勝家と再婚したのに従い北ノ庄城に入るが、1583年(天正11年)の賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れて北ノ庄城が落城、勝家と市は自害。三姉妹は秀吉に預けられた。その後の三姉妹の運命は大きく分かれる事になる。
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羽柴秀吉(豊臣秀吉)の側室となり、嫡男・豊臣秀頼を産む。秀吉の死後は秀頼の生母として豊臣家政を掌握するが、やがて徳川家康と対立することに。大坂夏の陣で徳川方に敗れ、秀頼と共に自害したとされる。その生涯の数奇さは日本の歴史上屈指といえるものであり、この事と彼女の血縁・姻戚関係などが相まって時代劇・歴史小説・歴史情報番組などに登場する頻度も極めて高い。これらの影響で彼女の存在は非常に広く知られており、知名度および認知度では妹2人を遥かに凌駕している。

京極高次の正室として京極家に入り、夫・高次に先立たれた後出家して常高院と名乗る。大坂の役の際には、姉妹の嫁いだ豊臣・徳川両家の関係を改善すべく豊臣方の使者として仲介に奔走した。市および天下人の家に入った茶々や江と比べて一般の認知度は低いが、当時の歴史にもたらした影響力という点においては母や他の姉妹と比べても遜色はない。ちなみに、初が嫁いだ京極家は、室町時代に数ヶ国の守護を兼ね、四職に列した名門の大名家であり、三人の中では一番格上の家に嫁いだとも言えるが、当時の京極家は戦乱の世で傾きかけていた。その名家を、夫を支え功を尽くして再興させた女傑でもある。

2度の不幸な結婚生活の後、家康の嫡男で後の徳川2代将軍徳川秀忠の6歳年上の正室となり、3代将軍家光や和子(後水尾天皇の中宮、明正天皇の生母)たちを産む。多くの子を出産してきたため、自らの子孫を後代に残せなかった姉2人とは対照的に、彼女の血筋は現在まで続いている。なお、諱については諸説(江、お江与など)があって未だにはっきりしていない。

2009年04月26日

藩鎮

藩鎮(はんちん)は中国唐から北宋代まで存在した地方組織の名称である。節度使や観察使などを頂点とし、地方を強力に統治し、半独立の様相を呈した。節度使そのものをさすことも多い。
唐は太宗の時代に大幅に領土を広げ、その領土を都護府・羈縻政策・府兵制の制度をもって維持していた。しかし武則天期から玄宗期にはこれら諸制度が崩壊を起こし始める。

崩壊の最も大きな原因は、均田制および府兵制を支える主戸(戸籍に登録された戸)が急速に減少したことにある。これら主戸が税負担に耐えかねて逃亡(逃戸)し、本籍地を離れた場所に落ち着いて耕作を始めることが多くなっていた。本籍地を離れた者のことを客戸と言う。府兵制は戸籍を元に兵役義務を負わせる制度のために客戸が増えれば徴兵数は減ることになる。

このことにより、兵士の交代要員を確保することが難しくなり、本来ならば一年で交代の兵役が3年・4年と長引くようになっていた。また唐の領土が拡大しすぎたために辺境ともなるととてつもない遠い地への兵役となっていた。これらの原因が白居易の『新豊折臂翁』[1]に謡われるような兵役拒否を生むことに成り、更に兵士を確保することが難しくなる。

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これら唐側の統治の緩みと同時に、突厥・吐蕃・契丹といった周辺諸民族の方でも勃興の動きが活発になり、都護府は大幅な後退を強いられた。

これに対して玄宗は様々な政策を打ち出す。

733年(開元二十二年)、監察のための地方行政単位である道をそれまでの十から十五へと増やし、道ごとに採訪処置使を置いた。採訪処置使は領内の一つの州に治所を置き[2]、州刺史以下の諸官僚たちの査定を行い、中央に報告する役職である。あくまで監察のための役職であり、州県の政治に直接口を出すことは禁じられていた。758年(乾元元年)に採訪処置使は観察処置使(略して観察使)と名が変わる。

他方、軍事面でも710年の河西節度使の設置を初めとして十の節度使が設置された。その元で駐屯する兵士は、徴兵制たる府兵制によって集められたものではなく、募兵制である長征健児制によってのものであった。この制度における兵士は辺境に屯田をしながら半永久的に定住するようになり、国家から給料として衣類を提供されていた。


易姓革命

易姓革命(えきせいかくめい)とは、古代中国において、孟子らの儒教に基づく、五行思想などから王朝の交代を説明した理論。

天は己に成り代わって王朝に地上を治めさせるが、徳を失った現在の王朝に天が見切りをつけたとき、革命(天命を革(あらた)める)が起きるとされた。それを悟って、君主(天子、即ち天の子)が自ら位を譲るのを禅譲、武力によって追放されることを放伐といった。無論、神話の時代を除けば禅譲の事例は実力を背景とした形式的なものに過ぎない。

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「後漢(劉氏)」から「魏(曹氏)」のように、前王朝(とその王族)が徳を失い、新たな徳を備えた一族が新王朝を立てる(姓が易(か)わる)というのが基本的な考え方であり、本来、日本で言われているような「単に前王朝の皇室が男系の皇嗣を失って皇統が断絶する」ような状況を指す概念ではない。中国においても例は少ないながらも別姓の養子に皇帝の位を継承した五代の後周のような例もあり、血統の断絶ではなく、徳の断絶が易姓革命の根拠となる。

ほとんどの新王朝の場合は史書編纂などで歴代王朝の正統な後継であることを強調する一方で、新王朝の正当性を強調するために前王朝と末代皇帝の不徳と悪逆が強調されるが(有名な桀・紂以外にも、煬帝のように悪い諡号を送られたり、そもそも諡号や廟号を送られない場合もある)、形式上は明に対する反逆者である李自成を討って天下を継承した清のような場合は、明の末代皇帝崇禎帝を一応は顕彰し、諡号や廟号も与えられている。

このように、易姓革命論は実体としては王朝交代を正当化する理論として機能していたと言える。またこのような理論があったからこそ劉邦や朱元璋のような平民からの成り上がり者の支配を正当化することが出来たとも言える。これは西洋において長年にわたって君主の血統が最も重視され、君主の血統が断絶すると他国の君主の血族から新しい王を迎えて新王朝を興すのとは対照的である。

五行思想面からの説明では、万物には木火土金水の徳があり、王朝もこの中のどれかの徳を持っているとされた。たとえば、漢の末期を揺るがした184年の黄巾の乱は、「蒼天已死 黄天当立」(蒼天已(すで)に死す、黄天当(まさ)に立つべし)とのスローガンが掲げられた。漢は火の徳を持っているとされ、漢に代わる王朝は土の徳を持っているはずだとの意味である。

2009年04月10日

ビートルズ解散直後

1970年4月10日、ポール・マッカートニーはイギリスの大衆紙『デイリー・ミラー』でビートルズからの脱退を発表(厳密には、後述のソロアルバム『マッカートニー』販促用に用意した「ポールとの一問一答」という資料の中に「ソロキャリアのスタート」「今後ビートルズのメンバーと作曲することはない」というポールの発言があるのをデイリー・ミラー紙がすっぱ抜いたもの)。これによってビートルズは実質的に解散した。その1週間後(4月17日)、騒動の最中に彼は初のオリジナル・アルバム『マッカートニー』を発売する。脱退の反響が巻き起こした宣伝効果は大きく、アルバムは非常に好調な売れ行きを見せたが、ジョン・レノンからは「グループの脱退宣言をアルバムの宣伝に利用した」として非難され、評論家からは作品の極めて簡素で素朴な内容を批判された。

『マッカートニー』に漂っていたアットホームな作風は、翌1971年に発表されたシングル『アナザー・デイ』およびアルバム『ラム』にも受け継がれる。妻のリンダとの連名で発表した『ラム』は前作同様商業的な成功こそ収めたものの、評論家からは手厳しい批評を受けた。当時マネージャーにまつわる訴訟問題などで険悪な関係に陥っていたビートルズの元メンバーも、『ラム』に対して皮肉じみたコメントを残している。しかしながら、この作品は現在ではその質の高い内容から、彼の傑作のひとつとして高く評価されている。このアルバムからアメリカ限定でシングル・カットされた「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」は、1972年度のグラミー賞で最優秀アレンジメント賞を獲得した。

ウイングス [編集]

ビートルズ末期からライヴ活動再開を指向していたマッカートニーは1971年8月、新たなバンドの結成を発表する。彼以外のメンバーは妻・リンダ・マッカートニー、元ムーディー・ブルースのデニー・レイン、『ラム』に参加していたドラマーのデニー・シーウェル。ウイングスと名付けられたこのグループは流動的なメンバー・チェンジを繰り返しながらも、多くのヒット作を発表し、大規模なワールドツアーを敢行するなど1970年代を通じて活躍した。

1980年代 [編集]
1980年1月16日、コンサート・ツアーの一環で行う予定だった来日公演のためにウイングスを随えて成田空港に入国したマッカートニーは、大麻取締法違反(不法所持)で現行犯逮捕される。この事件をきっかけにグループとしての活動が休止状態に陥ったウイングスは、翌1981年4月のデニー・レインの脱退表明によって自然消滅に近い形で終焉を迎える。数日間の勾留のあと、日本からの国外退去処分を受けて本国・イギリスに送還されたマッカートニーは、ソロ・アーティストとしての活動を9年ぶりに再開。10年ぶりとなるソロ名義のアルバム『マッカートニーII』と先行シングル「カミング・アップ」で成功を収めた。

当時休止していた音楽活動を再開させつつあったジョン・レノンは、このカミング・アップを聴いて再起への意欲を一層奮い立たせたという。しかし同年・80年12月8日(23時頃)、そのレノンがニューヨークの自宅アパート、「ダコタ・ハウス」の前で精神疾患者・マーク・チャップマンによって拳銃で射殺される衝撃的な事件が発生する。作曲活動のパートナーとして、ビートルズの黄金時代を共に築いたレノンの突然の訃報にマッカートニーは大きな衝撃を受け、数か月間、自宅に引き篭もって過ごした。

レノンの死によるショックで一時的に中断していた音楽活動を翌年に再開させたマッカートニーは、プロデューサーのジョージ・マーティンの進言で名うてのスタジオ・ミュージシャンをレコーディングに起用し、カール・パーキンスやスティーヴィー・ワンダーなどとのデュエットも行った。アルバム『タッグ・オブ・ウォー』と『パイプス・オブ・ピース』の母体となったこの時期のセッション以降、1980年代にマッカートニーはマイケル・ジャクソン、エリック・スチュワート、オービー・トライス、エルヴィス・コステロなど、さまざまな大物ミュージシャンとの共演に臨んだ。マイケル・ジャクソンとは彼の世界的な大ヒットアルバムの「スリラー」でガール・イズ・マインをデュエットし、またお返しと言う事でマイケルがポールのアルバムでセイ・セイ・セイをデュエットしている。この曲も全米、全英で1位を獲得した。また、1984年には自らが脚本・音楽を手がけ、主演した初の映画作品『ヤァ! ブロード・ストリート』を制作・公開するが、サントラ盤や主題歌が商業的な成功を収めたのとは対照的に映画自体の内容は酷評され、興行的にも失敗に終わっている。1980年代中盤にはヒュー・パジャムやフィル・ラモーンなどの有名なプロデューサーを起用して音楽活動を行うが、1986年の『プレス・トゥ・プレイ』はチャート順位・売上共に不振に終わり、評論家からの評判も芳しくなかった。また、この頃を境に以前のような大きなヒット曲に恵まれなくなる。1985年の映画『スパイ・ライク・アス』の主題歌『スパイズ・ライク・アス』は、彼にとって現時点で最後の全米トップ10ヒットである。

ジョージ・ハリスンが久々に音楽産業で成功を収めたのとは対照的に、1980年代中盤は現役としての人気が低迷していたマッカートニーだったが、1989年発表の『フラワーズ・イン・ザ・ダート』はコステロとの共作の話題性も手伝って久々のヒットを記録し、全世界で250万枚以上を売り上げた。また、一方で彼は少年時代に慣れ親しんだロックンロールのスタンダード・ナンバーを歌った初のカヴァー集を制作し、1988年にソ連限定で発表した。マッカートニー夫妻は『フラワーズ・イン・ザ・ダート』の発売後、アルバムに参加したスタジオ・ミュージシャン4人とともに10年ぶりの本格的なライヴ活動を開始する。1989年から翌年にかけて行われ、のちに『ゲット・バック・ツアー』と称されたこのワールド・ツアーでは、彼が長年演奏を躊躇していたビートルズ時代の作品がセットリストの約半分を占める割合で演奏され、大きな好評を博した。ツアーの一環で、1990年3月には24年ぶりの来日公演も実現している。ツアー終盤、1990年4月21日のブラジル、リオデジャネイロのマラカナン・スタジアム公演では18万人以上の観客を集め、有料コンサートの観客動員数の世界最高記録を更新した。このツアーでの演奏はライヴ盤『ポール・マッカートニー・ライブ!!』として発売され、映像は映画『ゲット・バック』として公開された。

1990年代 [編集]
1991年初頭にはMTVアンプラグドの収録を行い、その模様が後に『公式海賊盤』としてリリースされる。マッカートニーはポピュラー音楽以外のジャンルにも挑戦し、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の創立150周年を記念した初のクラシック作品『リヴァプール・オラトリオ』を上演する。アメリカ人作曲家カール・デイヴィスとの共作で、ヴォーカリストにキリ・テ・カナワとアメリカのテノール歌手ジェリー・ハドレーを迎えたこの作品は、同名のライヴ盤もリリースされた。これ以降、現在に至るまで彼はロックやポップスと並行して数作のクラシック作品を発表している。

1993年にアルバム『オフ・ザ・グラウンド』を発表したマッカートニーは、『アンプラグド』と同じラインナップのバックバンドを率いてコンサート・ツアーを行う。『ニュー・ワールド・ツアー』と題されたこのツアーは、前回のツアーで訪れることのできなかった地域を中心にコンサートが行われ、公演の模様はライヴ盤とビデオで発売された。なお、当初はスケジュールに組み込まれていなかった日本でのライヴもこの年の秋に行われている。

1994年からは、ビートルズの歴史を振り返るドキュメンタリー作品および未発表音源集などの『ザ・ビートルズ・アンソロジー』プロジェクトが本格的に始動した。とりわけ注目されたのが「25年ぶりの新曲発表」と大々的に報道された新録音である。レノン以外の3人のメンバーが、彼の1970年代後半に録音したデモテープに音を重ねて完成させるというこの企画は、1980年代後半にハリスンをカムバックに導いたことでも知られるエレクトリック・ライト・オーケストラのジェフ・リンの協力を経て、最終的に「フリー・アズ・ア・バード」「リアル・ラヴ」として結実した。

1995年からはリンを共同プロデューサーに迎えてアルバムを制作し、1997年に『フレイミング・パイ』としてリリースする。この作品は全米と全英のチャート両方で高順位を記録しただけでなく、翌年の第40回グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーにノミネートされるなどその内容も賞賛された。1998年に長年連れ添った妻のリンダが乳癌で亡くなると、マッカートニーは結婚後から彼を支え続けた愛妻の死を悼んで2作のクラシック作品を捧げ、さらに彼女が生前に提案していたロックン・ロールのカヴァー集『ラン・デヴィル・ラン』として発売した。

近年 [編集]
2001年、ウイングス時代の軌跡を振り返るドキュメンタリー作品『ウイングスパン』を発表。2枚組の同名ベスト盤も同時発売され、アメリカでは100万セットを売り上げてプラチナ・ディスクに認定された。同年の秋にはリンダが亡くなって以来初のオリジナル・アルバム『ドライヴィング・レイン』も発表している。

2002年にはアメリカで9年ぶりにコンサート・ツアーを行う。このツアーのようすを収めたライヴ盤『バック・イン・ザ・U.S. -ライブ2002』はアメリカでミリオン・セラーを記録した。このアルバムが発売された同年11月には、3度目のソロでの来日公演が行われた。その後彼は幾度に渡り、積極的なライヴ活動を行っている。2004年にはロシアのモスクワにある「赤の広場」でコンサートを開いて話題となった。またこのコンサートはロシアにとっても初めての外国人のアーティストの大規模なコンサートになった。ロシアは西洋や外国のロックなど今まで受け入れなかったが、このコンサートがモスクワで大成功を納めポールが史上初めてロシアで成功したアーティストとなった。2005年には「ライブ・イン・ザ・U.S.2005」としてアメリカツアーを行い、その中のカリフォルニア州のアナハイムでのコンサートでは、歴史上初の地球から約220マイル上空の宇宙飛行士へ生中継のライブをアメリカのNASAを通じて宇宙へ送った。この時のナンバーはイングリシュ・ティとビートルズナンバーのグッド・デイ・サンシャインだった。この出来事はステージから宇宙飛行士へリアルタイムで交信し、地球から宇宙へライブを放送した史上初のアーティストとなった。

2003年から2005年春までの長期間に渡り、マッカートニーはレディオヘッドなどの作品で知られるナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えてアルバムを制作する。2005年の秋に『ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード』として発表されたこのアルバムは2006年の第48回グラミー賞に3部門でノミネートされ、アルバムに先がけてシングル・カットされた「ファイン・ライン」も、同賞のソング・オブ・ザ・イヤーの候補に挙がった。また、2007年の第49回グラミー賞に最優秀男性ポップボーカル賞に「ジェニー・レン」がノミネートされた。

2007年、長年契約していた『EMI』から、新興レーベル『ヒア・ミュージック』に電撃移籍。日本での発売元も『東芝EMI』から『ユニバーサル』に変わった。2007年6月、移籍第1弾アルバム『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル』を発表。 このアルバムでも2008年の第50回グラミー賞に3部門でノミネートされるとともに全米では1982年のタッグ・オブ・ウォー以来となるオリジナルアルバムでのプラチナ・ディスクに認定された。

2008年、ブリット・アワードにて特別功労賞を受賞。12月、ITunes Storeでセレブリティ・プレイリストを発表し、ジーン・ヴィンセント、ビーチ・ボーイズ、レディオヘッド、セックス・ピストルズ、レイ・チャールズ、フレッド・アステア、キラーズ、ジョン・レノン(イマジン)、リトル・リチャード、エルビス・プレスリーを選んだ。

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2009年03月26日

若神子→神帝→神帝ヘッド

ヤマト王子→ヤマト神帝→ヤマト爆神(鈴木富子)
主人公[6]。聖動源で生まれた若神子の一人。一人称は「僕」。明るい性格で、せっかちで少しドジな所があるが、どんな事でも一生懸命に取り組む。若神子(神帝)の中心的人物。詳しくは、ヤマト王子を参照。
天子男ジャック→神帝男ジャック→聖遊男ジャック(山本圭子)
聖遊源で生まれた若神子の一人。一人称は「オイラ」。
十字架天使を除いてヤマト王子が一番初めに会う仲間(若神子)であり、ヤマト王子と最も行動を共にすることが多かった。その為かオープニングでは他の若神子に比べて厚遇されている。
気が短いが根は親切な性格。鳥が嫌いで、十字架天使が羽ばたいた音さえ恐れる。
天聖門を越えたときに「アーチ天使」クリスタル天子の理力を受け神帝男ジャックへとパワーアップを果たす。最後にはソルジャンキー・遊子ルネザンスの助力によりスピルーツギャルラと接合し神帝ヘッド、聖遊男ジャックとなった。
髪は天子男ジャックの時はオレンジ色の短髪で、神帝男ジャックの時は髪型は変わらないが水色で、聖遊男ジャックの時は紫の長髪となる。
特技「聖コインつぶて」で相手を威嚇し、遊弦棒で悪魔を改心させる。神帝時の武器は遊晶剣(ゆうしょうけん)。
モチーフはイギリス民話『ジャックと豆の木』。名前は男爵とジャックをかけている。
シール初登場は第5弾。
騎神アリババ→アリババ神帝(佐藤智恵)→ゴーストアリババ(塩屋翼)
聖夢源で生まれた若神子の一人。図に乗りやすいが基本的に責任感の強い性格。
少し口が悪く、始めは素直じゃない所があった為、ヤマト王子達から誤解される事もあった。一人称は「俺」。
若神子(神帝)達の中では、旅の中で最も数奇な運命をたどっている。天聖門を越えたときに「アーチ天使」明星クィーンの理力を受けアリババ神帝へとパワーアップを果たす。しかし、悪魔たちの罠にはめられ、悪魔たちの作り出した超悪魔渦重合(ウルトラデビルうずじゅうごう)の魔穴(デビルホール)に落とされ命を落とすが、ワンダーマリアの魔洗礼によって悪魔ヘッド、ゴーストアリババとして復活し、神帝隊と戦うことになってしまう。
聖梵ミロクの放つ聖弾流で元の神帝に戻ったが、後の六魔穴での戦いで負傷してしまい戦線離脱を余儀なくされる。そのため最終回に至ってもヘッドにはなれなかった。
騎神アリババの時は半人半馬の姿だったが、アリババ神帝からは普通に二本足の姿である。ちなみに髪は騎神アリババの時は暗めの栗色だが、アリババ神帝の時は赤みがかかった茶色である。
武器は閉ざされた扉や隠された道を開く聖夢剣。神帝時の武器は夢鏡剣(むきょうけん)。
モチーフはアラビアン・ナイトの『アリババと40人の盗賊』。
プレシン スタン ガッツ ジャー ひのえま トーイ プールバ ジメチル ウイット ブチュ ディス ハピパラ ていてつ コチニー ハトムギ トライク 紅葉雪 スカラ はちのへ ストラ 熱帯雨林 ストーン テンス もみじが NETリブ 恋待月 サーチ 桜坂 チシェリー トートナビ フェノール ツルコ のへじ トレラ ルーセン つるみ デジカルビ ディパー オーナラ すぎごけ デルフ マニフェ デリン ようとう スエヒ レソト スイング リベート ハッピー ミリグラム

シール初登場は第5弾。
牛若天子→牛若神帝→聖霊牛若(草尾毅)
聖霊源で生まれた若神子の一人。お坊ちゃまとして育てられた。
性格は思慮深く温厚で言葉遣いも丁寧だが、時に熱い部分をのぞかせる。異性に対してやや面食いだったりする。団子パフェが好物。一人称は「私」。
天聖門を越えたときに「アーチ天使」ポンプ大帝の理力を受け牛若神帝へとパワーアップを果たす。
最後にはソルジャンキー・霊子シナプソンの助力によりスピルーツ自安(じゃん)と接合し神帝ヘッド、聖霊牛若となった。聖笛を使った音楽技や水を操ることが得意。神帝時の武器は聖水剣。
髪の色は紫だったが牛若神帝の時は明るめの緑色となる。
モチーフは牛若丸。シール初登場は第5弾。
一本釣帝→一本釣神帝→聖界一本釣(飛田展男)
聖界源で生まれた若神子の一人。基本的には気さくだがやや頑固で短気な性格そのためか、性格が近い男ジャックと仲違いをすることもあった。それに、天使と悪魔は絶対に相容れない存在だという考えも持っていたことがあった。しかしアローエンジェルへ飛んできた岩からかばうなど男らしい一面を持つ。一人称は「俺」。
釣りには目がなく、それが原因で悪魔に騙されてしまった事も。聖ボット・ヘラクライストの製作及び理力注入をした12天使の一人でもある。
天聖門を越えたときに「アーチ天使」オアシス天如の理力を受け一本釣神帝へとパワーアップを果たす。
最後にはソルジャンキー・界子ボンベボンの助力によりスピルーツギョンボウと接合し神帝ヘッド、聖界一本釣となった。
髪の色は一本釣帝に一本釣神帝と共に短髪で暗めの鳶色(とびいろ)であったが、聖界一本釣の時は紫の長髪になる。
武器は聖フックを所持。神帝時の武器は聖雫剣(せいしずくけん)。また「大漁祝マント」から水を出す事ができる。
モチーフは魚釣のイメージから。シール初登場は第7弾。
魯神フッド→神帝フッド→聖豊フッド(山田栄子→川島千代子)
聖豊源で生まれた若神子の一人。キザだが理知的かつ冷静沈着な性格。一人称は「私」。
天聖門を越えたときに「アーチ天使」レスQ天女の理力を受け神帝フッドへとパワーアップを果たす。
最後にはソルジャンキー・豊子ムジューゲンの助力によりスピルーツウビットと接合し神帝ヘッド、聖豊フッドとなった。
髪の色は魯神フッドと神帝フッド共に黒色である。
武器はリンリンごう鐸と聖気理力の矢を持つ。神帝時の武器は神鐸剣(しんたくけん)。レスQ天女とは恋人同士である。
モチーフは魯迅とロビン・フッド。シール初登場は第5弾。
ピーター神子→神帝ピーター→聖幻ピーター(丸尾知子)
聖幻源で生まれた若神子の一人。ややキザな所はあるが、グループの協調性を常に重んじた情熱家で、戦いは好まないが守る者の為に戦うことも必要と考えている理性的な性格。美しいものや芸術が好き。一人称は「僕」。
天聖門を越えたときに「アーチ天使」オーロラ王神の理力を受け神帝ピーターへとパワーアップを果たす。
最後にはソルジャンキー・幻子ムッフウの助力によりスピルーツウニフと接合し神帝ヘッド、聖幻ピーターとなった。
キャラクターとしては美形的役回りだが出番が少ないため少し地味な印象を受ける。
髪はピーター神子の時は短い藍色で、神帝ピーターの時は髪型は変わらないが若干紫がかかっており、聖幻ピーターの時は空色の長髪となる。
武器は敵を星屑に変える聖星剣(セントスターソード)。神帝時の武器は星氷剣。また虹の橋を架ける「レインボーアーチ」という特技を持つ。
モチーフはピーター・パン。シール初登場は第6弾。
(余談だがアニメ本編における主人公候補でもあった。EDに他の若神子を差し置いて登場してるのはその名残)
照光子→烈神照光(山野さと子)
聖光源で生まれた若神子の一人。やや古風だが礼儀正しく芯が強い性格の持ち主。
唯一自身は天聖界に留まり、天聖門にて自身の得意武器である聖色光で次界への道を照らす。
そのため、神帝へのパワーアップは先の神帝隊が次界に到着した後だった。
パワーアップ時の武器は光ファイバー和刀(ビームファイバーわとう)。
モチーフは小公子と電球など。シール初登場は第5弾。

2009年03月10日

マリア・ライヒェなどによる暦法関連説

地上絵の線についてはマリア・ライヒェが、夏至と冬至に太陽が日没する方向に一致するものがあることを明らかにした。さらにマリア・ライヒェは、平行でない一連の直線は数世紀にわたる夏至と冬至に日没する方向を示していると考えている。また、ホーキンズも線の方向についてコンピューター分析を行ったところ、1年の太陽と月の運行の方向に合うものが偶然と考えられる場合の2倍に達するという結果を得ている。

このことからナスカの地上絵には暦学的性質があることがわかる。乾燥した南海岸地域の人々にとって夏至と冬至は、雨季と乾季の始まりであり、当然農業を行う時期や祭儀などに深く関連することが推察できる。

社会事業説
イリノイ大学のザウデマ(R.Tom Zuidema)のインカ社会についての研究に、次のような事例がある。インカの首都クスコからは、あらゆる方向に仮想直線が伸びていて、その位置は、一連の神殿によって示されていた。そして1年中毎日、クスコの住民のうちそれぞれ違う一族がそれぞれ違う神殿を礼拝した。クスコの「谷の広場」には、1年の儀式カレンダーが精密に記され、農耕順序や社会的義務や軍事活動などに関する情報は、その都度、クスコの人々に象徴的に伝えられた。またインカの人々は、クスコを「ピューマ」とよび、そこの住民たちを「ピューマの体内の構成員」と呼んだ。谷間の地形によって多少歪んでいるものの、都市計画としては、クスコはピューマに似たプランで築かれている。

ワリ「帝国」の研究で知られるW.イスベルは、ナスカの地上絵の機能について、この事例が参考になると考えている。
アールグ モントリ 健やか バリン 九重 スクレイピ ゲゼルシ マスター スキップ プール パッセ ジュエリー 螢火 スマイリー スイカズラ うごう ジャズマ クロッカス ほうてき あまつき ナチュラル シリコン シフト トート フコイ クリアム いたやなぎ テタニー シリンジ ゼロベ チェック ワット ハリス ザッテル レート ブッダガ プラザ ちょう ハーモ せみね チャット オカルテ タンパー ヒューストン ナルシ ドリアン トップ ストーリ イズド ジェンヌ

また、ナスカの社会には、ワリやクスコのような中央集権的な食料管理制度と食料貯蔵施設がなく、局所的、家族的なレベルで豊作時の食料を保管していたので、豊作時に人口が増え、不作時に死亡者がでやすい状況にあった。 そのため、豊作だった場合の個人貯蔵分について、大規模な労働力を投入する必要のある儀式活動に注意を向けさせ、祭祀「施設」の「建設」=地上絵を「描く」活動に従事する労務集団に食糧を供給するために強制的に取り立てるシステムができていて不作時に備えていた、とイスベルは考えている。 そして、一方で、暦に関する資料については、暦を特に天文学的観測と詳しく照合する必要のあるときには、キープによる方法は非実際的で、記録することは難しいと考えられる。このことから、利用可能で最も永続する素材としても地表が選ばれた、と考えている。

イスベルのこの考え方は、彼がインカや先行するワリの研究から、日本の律令時代の雑徭のような労働力を税として「公共事業」に提供する制度であるミタ制度の先駆と想定していると推測される。

研究者たちは、「文字を持たない社会がどのように組織を動かすか」という重要な情報を貯えようとする試みが、地上絵に反映されていると考えている。

雨乞い儀式利用説
ナスカの地上絵が作られた理由については、「ナスカの地上絵は一筆書きになっており、それが雨乞いのための楽隊の通り道になった」という、ホスエ・ランチョの説もある。ペルーの国宝の壺にもこの楽隊が描かれたものがある。また、現在も続いている行事で、人々は雨乞いのために一列になって同じ道を練り歩く。この道筋としてナスカの地上絵が作られた可能性がある。

地上絵の線の上や周辺から、隣国エクアドルでしか取れない貴重な貝である赤いスポンディラス貝の破片が見つかっている。当時は雨乞いの儀式でこの貝が使用されたことが他の遺跡研究から分かっている。そのため、ペルー人考古学者のジョニー・イスラも雨乞い説をとっている。
主な動物を描いた地上絵の規模としては、長さ46mのクモ、96mのハチドリ、55mのサル、65mのシャチ、180mのイグアナ、135mのコンドルが挙げられる。最大のものは、ペリカンかサギ、もしくはフラミンゴを描いたと推測される285mの鳥類の絵である。花や木々、装身具や織物のような日常生活の道具を描いたものや「宇宙飛行士」などと呼ばれているもの、片手が4本指の「手」など不可思議な図柄もある。

最大の地上絵
近年、アメリカの資源探査衛星ランドサットが南緯14度45分、西経75度15分付近で撮影した画像に、全長50kmにも及ぶ巨大で正確な矢印を発見した。この地上絵は成層圏はおろか、上空900kmからでないと形がわからない。

2009年02月22日

言語のグループの一覧

言語のグループの一覧(げんごのぶんるいいちらん)

言語のグループ(語族や語派など)の一覧。「 ? 」は分類が確定したものでないことを表す。
ぺぱーみ メンメン ソング バンブ チミン シーザー キックサニ カエデ キンロバイ ナンバー マリンバ ディー ハードコア トース ジョーク タンブラ ナイアガ ラック セリン ブラック セルラ オルガ マスト ピタヤ ビンテー センシ ワサビ えんおう キセル ニューマ ふきのとう ブルーマ シェイ プランター 暮し百科 ザック エンド マート ニューロン ダーシズン 雪しぐれ ガボン ぴってろ ミケー デソ プデ レーナー レット ピーコック トレーサ

インド・ヨーロッパ語族(印欧系)
スラヴ語派
東スラヴ語群
ロシア語
ウクライナ語
ベラルーシ語
西スラヴ語群
レヒト諸語
ポーランド語
カシューブ語
ポラーブ語
チェコ・スロヴァキア諸語
チェコ語
スロヴァキア語
ソルブ諸語
上ソルブ語
下ソルブ語
南スラヴ語群
セルボ・クロアチア語(セルビア語、クロアチア語、ボスニア語)
スロベニア語
マケドニア語
ブルガリア語
バルト語派
古プロシア語
ラトビア語
リトアニア語
ゲルマン語派
北ゲルマン語
ノルド語
アイスランド語
フェロー語
ノルウェー語
スカンジナビア諸語
デンマーク語
スウェーデン語
東ゲルマン語
ゴート語(消滅)
西ゲルマン語
英語
ドイツ語
高地ドイツ語
低地ドイツ語
ペンシルバニアドイツ語
ルクセンブルク語
オランダ語
アフリカーンス語
フラマン語
フリジア語
ケルト語派
アイルランド語(アイルランド・ゲール語、アイリッシュ・ゲール)
スコットランド・ゲール語
ウェールズ語(ギムリック語)
ブルトン語
イタリック語派
オスク・ウンブリア語群
オスク語
ウンブリア語
ラテン・ファリスク語群
ファリスク語
ラテン語
ロマンス諸語
ガロ・ロマンス語群
フランス語
プロヴァンス語
カタルーニャ語(カタロニア語)
ワロン語
イタロ・ロマンス語群
イタリア語
サルディニア語
レト・ロマンス語群
ロマンシュ語
ラディン語
フリウリ語
イベロ・ロマンス語群
スペイン語(カスティリア語)
ポルトガル語
ガリシア語
バルカン・ロマンス語群
ルーマニア語(ダキア・ルーマニア語)
イストリア・ルーマニア語
メグレノ・ルーマニア語
マケドニア・ルーマニア語
ギリシャ語派(単独語派)
ギリシャ語
アルバニア語派(単独語派)
アルバニア語
イラン語派
アヴェスター語(ゼンド語)
ペルシア語
ダリー語
タジク語
パーフラヴィー語
ゾグド語
サカ語
クルド語
バルーチー語
パシュトー語
インド語派
ヴェーダ語
サンスクリット
プラークリット
北西部語群
ラフンダー語
シンディー語
南部語群
マラティー語
コーンクニー語
東部語群
ベンガル語
オリヤー語
アッサム語
ビハール語
北部語群
ネパール語(東パハール語)
中部パハリー語
西パハリー語
東・中部語群
東ヒンディー語
中部語群
西ヒンディー語
ウルドゥー語
バンジャブ語
グジャラーティー語
ラジャスタン語
ビリー語
シンハラ語?
ロマ語(ジプシー語)
アルメニア語派
アルメニア語
アナトリア語族
ヒッタイト語
パラ語
ルウィー語
象形文字ルウィー語
リュキア語
リュディア語
トカラ語派
東トカラ語(アグニ語、トカラ語A)
西トカラ語(クチャ語、トカラ語B)

コーカサス諸語
南コーカサス語族(カルトヴェリ語族)
グルジア語
メグレル語
ラズ語
スヴァン語
北西コーカサス語族(アブハズ・アディゲ語族)
アブハズ語
アバザ語
アディゲ語
カバルド語
ウビフ語
北東コーカサス語族(ナフ・ダゲスタン語族)
ナフ語派
チェチェン語
イングーシ語
バツ語
ダゲスタン語派
アヴァル語

アフロ・アジア語族
セム語派
北西セム語
カナーン語
古典ヘブライ語
現代ヘブライ語
アモリ語(消滅)
フェニキア語(消滅)
エル・アマルナ(消滅)
モアブ語(消滅)
サマリア語?
アラム語
東方アラム語
シリア語
マンダ語
現代アラム語(アッシリア語)
西方アラム語
サマリア・アラム語?
ウガリト語(消滅)
アラビア語
 アル・アンダルス=アラビア語
 マグレブ=アラビア語
 モロッコ・アラビア語
 マルタ語
クシ語派
ソマリ語
ガラ語(オロモ語)
ベルベル語派
タマシェク語
カビール語
シャウィア語
シルハ語
チャド語派
ハウサ語
オモ語派
ウォライタ語(ウォラモ語)
エジプト語派
エジプト語
古代エジプト語
コプト語

ニジェール・コルドファン語族
セネガル語派
ウォロフ語
フラニ語
マンデ語派
マリンケ語
バンバラ語
ジュラ語
ボルタ語派(グル語派)
モシ語(モレ語)
クワ語派
西クワ諸語
クル語
アカン語(ファンティ語)
東クワ諸語
イボ語(イグボ語)
ヨルバ語
アダマワ・ウバンギ語派
サンゴ語
ザンデ語
コルドファン語派
ニジェール・コンゴ語派
ベヌエ・コンゴ語群
エフィク語
ティヴ語
バントゥー諸語
キクユ語
コサ語
コンゴ語
ズールー語
スワヒリ語
ショナ語
ニョロ語
マテンゴ語
マリラ語
ヤオ語
リンガラ語
ルアンダ語
ルバ語
ルンディ語
クロス・リヴァー語群
西大西洋諸語

ナイル・サハラ語族
ナイル諸語
南ナイル方言群
ダトーカ語
ソンガイ語派
シャリ・ナイル語派
サハラ語派
マサイ語
ルオ語

コイサン語族
北部コイサン語族
中部コイサン語族
グイ語
ガナ語
ナロ語
ツェラ語
南部コイサン語族
ホッテントット語(コイ語、コイコイ語)
ブッシュマン語(サン語)
ハッザ語
ナマ語
サンダウェ語

ウラル語族
フィン・ウゴル語派
ラップ語(サーミ語)
ボルガ諸語
マリ語(チェレミス語)
モルドヴィン諸語
エルジャ語
モクシャ語
ペルム諸語
ウドムルト語
コミ語(ズィリエン語)
バルト・フィン諸語
フィンランド語(スオミ語)
エストニア語
ウゴル諸語
ハンガリー語
ハンティ語
マンシ語
サモイェド語派
ネネツ語
エネツ語
ガナサン語
セリクプ語

アルタイ語族? - (アルタイ諸語)
※ウラル語族と共にウラル・アルタイ語族を形成するという説もある
※アルタイという括りはなく構成三語派(諸語)が幾つかの語族と共にユーラシア超語族またはノストラティック超語族を形成するという説もある

チュルク語派? - (テュルク諸語)
南西語群(オグズ語群)
トルコ語(共和国トルコ語、オスマン・トルコ語)
アゼルバイジャン語(アゼリー語)
トルクメン語
北西語群(キプチャク語群)
タタール語
バシュキール語
クリミア・タタール語
カラチャイ・バルカル語
カラカルパク語
カザフ語
キルギス語
南東語群(チャガタイ語群)
ウズベク語
現代ウイグル語
北東語群(北語群)
トゥヴァ語
ハカス語
ヤクート語群
サハ語(ヤクート語)
ブルガール語群
チュヴァシ語
モンゴル語派? - (モンゴル諸語)
モンゴル語
ハルハ語
蒙古語
オイラート語
カルムイク語
ブリヤート語
ツングース語派? - (ツングース諸語)
満州語
オロッコ語
オロチョン語
朝鮮語?

日本語族
日本語派
日本語
琉球語派
琉球語

シナ・チベット語族
漢語派(中国語)
北方語(官話)
普通話(中国標準語)
國語(台湾標準語)
北京語
晋語(北方語に分類する場合あり)
呉語
上海語
温州語
徽語(呉語に分類する場合あり)
贛語
湘語
閩語(福建語)
閩北語
閩東語
福州語
閩中語
莆仙語
閩南語
台湾語
潮州語
海南語
客家語
粤語(広東語)
台山語
平話(粤語に分類する場合あり)
ドンガン語(北方語に分類する場合あり)
チベット・ビルマ語派(チベット・ミャンマー語派)
土家語
彝語群
彝俗語
チベット・ヒマラヤ語群
チベット語
メンパ語
ロッパ語
ジャロン語
ジョンカ語
ボティア語
グルン語
カム語
マガール語
ライ語
チャン語
レプチャ語
東ヒマラヤ語群
ネワール語
リンブ語
北アッサム語群
アボル語
ミリ語
ダフラ語
ミシュミ語
ボド・ガド語群
ボド語
ディマサ語
メチ語
ラバ語
サラニヤ語
ホジャイ語
ガド語
ラジボンシ語
コチ語
チュティヤ語
モラン語
ハジュン語
ティペラ語
アディ語
アボル語
ミリ語
ニシ語
ダフラ語
ニシャン語
ダフラ語
リャン語
マナン語
タマン語
クキ・ナガ語群
ナガ諸語
アンガミ・ナガ語
セマ・ナガ語
レングマ・ナガ語
ロータ・ナガ語
アオ・ナガ語
チョングリ語
モンセン語
サンタム・ナガ語
チャン・ナガ語
ポム・ナガ語
キアムンガン・ナガ語
ソムラ・ナガ語
タンクール・ナガ語
コニャク・ナガ語
ビルマ・ロロ語群
カチン語
チンポー語
ビルマ語群
ビルマ語
マル語
ラシ語
アチ語
ロロ語群
ロロ諸語
ラフ語
リス語
アカ語
ムピ語
ビス語
ゴン語
チン語群

シイン語
タド語
ルシャイ語
ライ語
キミ語
キャン語
メイテイ語
ランコール語
カレン語群
カレン語
スゴー・カレン語
ポー・カレン語
ブエ・カレン語
ミキール語

タイ・カダイ語族
- #オーストロ・アジア語族または#シナ・チベット語族に含める説もある。

北方タイ諸語
チワン語
プイ語
中央タイ諸語
ヌン語
タイー語
白タイ語
黒タイ語
南西タイ諸語
タイ語 (中央方言など)
ラーオ語
シャン語
アホム語
ルー語

ミャオ・ヤオ語族
- #オーストロ・アジア語族または#シナ・チベット語族に含める説もある。

ミャオ語(モン(Hmong)語)
ヤオ語(ミェン語)
ショオ語
コーラオ語

オーストロアジア語族
アンダマン諸語
アンナン・ムオン語派
アンナン語群(ベトナム語群)
ベトナム語(ヴェトナム語)
チュット語
ムオン語群
ムオン語
トー語
ムンダ語派
北部語群
サンタル語(サンターリー語)
ムンダ語(ムンダーリー語)
ホー語
ブーミジ語
コルク語
コルワ語
アスル語
南部語群
ソーラ語(サオロ語)
中央語群
カリア語
ジュアング語
ビルホル語
ボンド語
ガダバ語
パレンガ語
モン・クメール語派
モン・クメール語群
モン語 (Mon)
クメール語
バナール語群
バナール語
スティエン語
ペアル語群
ペアル語(サムレ語)
サオチ語
ムノン語群
ムノン語(プノン語)
カム語群
カム語
チン語
ムラブリ語群
ムラブリ語
カトゥ語群
カトゥ語
クイ語
パラウン語群
パラウン語
ワ語
アスリ諸語
セマン語
セノイ語
カシ語群
カシ語(カーシー語)
ニコバル諸語
カール語
チョウラ語
テレッサ語
ショム・ペン語

ドラヴィダ語族
北部支派
ブラーフーイー語
クールクー語(オラーオーン語)
マルト語
クイ語
中部支派
ゴーンディー語
南部支派
テルグ語
カンナダ語(カナラ語)
タミル語
マラヤーラム語

オーストロネシア語族
西オーストロネシア諸語
ヘスペロネシア諸語
西ヘスペロネシア諸語
マレー語(マライ語、マレーシア語)
インドネシア語
ジャワ語
スンダ語
マドゥラ語
ミナンカバウ語
アチン語
バタク語
ダヤク語
バリ語
マラガシ語(マダガスカル語)
北ヘスペロネシア諸語
タガログ語(ピリピノ語)
ビコル語
セブアノ語
チャバカノ語 スペイン語に近い
イロンゴ語
イロカノ語
ヒリガイノン語
サマラン語
チャモロ語
パラオ語
台湾諸語
東インドネシア・西ニューギニア諸語
ブギ語
オセアニア諸語
ポリネシア諸語
サモア語
マオリ語
タヒチ語
ハワイ語
トンガ語
フィジー語
中核ミクロネシア諸語
キリバス語(ギルバート語)
マーシャル語
ポナペ語
トラック言語群
メラネシアの諸言語

ユト・アステカ語族
ナワトル語(ナホアトル語)
ピピル語

エスキモー・アレウト語族(エスキモー・アリュート語族)
イヌイット(エスキモー)語
イヌクティトゥット語
グリーンランド語
ユピック語
アレウト語

ナ・デネ語族
アサパスカ語派
ナバホ語

アルゴンキン語族
オジブワ語
クリー語

マスコギ語族
クリーク語
チョクトー語

スー語族
ダコタ語
イロクォイ諸語?
チェロキー語

トゥピ語族
グアラニー語

マヤ語族
東部マヤ語群
ケクチ語
ポコムチ語
ツトゥヒル語
カクチケル語
キチェ語
ウスパンテカ語
イシル語
マム語
西部マヤ語群
カンホバル語
ハカルテカ語
チョル語
チョルティ語
トラホバル語
チョンタル語
ツェルタル語
ツォツィル語
ユカテカ語群
ユカテカ語
ハカルテカ語
イッツア語
モパン語
トラホバル語
ラカンドン語
ユカテカ語
ワステカ語群
ワステカ語

オト・マンゲ語族
オトミ語
サポテク語
ミステク語

ケチュア語族
ケチュア語
トランスニューギニア語族
エンガ語
チンブ語
ダニ語

諸語
主に地理的分布と、音韻・文法などの弱い共通性で括られたグループ。系統関係は存在しない。

各々に対しきわめて多数の語族が提唱されている。具体的な分類は、まだ不確定な部分が多い。今後の研究により新たな系統関係が発見されれば、語族の数は大幅に減る可能性がある。

アメリカ・インディアン諸語
約100の語族と多数の孤立した言語を含む。主要な語族は既出。

オーストラリア諸語(オーストラリア原住民諸語)
約15の語族と多数の孤立した言語を含む。

パプア諸語(パプア・北ハルマヘラ諸語)
約23の語族と多数の孤立した言語を含む。最大のトランスニューギニア語族は既出。

古アジア諸語(古シベリア諸語)
ほとんどは孤立した言語である。

チュクチ・カムチャツカ語族
ニヴフ語(孤立した言語)
ケット語(ブルシャスキー語と結びつける説がある)

孤立した言語
現代の言語
アイヌ語
朝鮮語(アルタイ諸語説などがある)
日本語(日本語族説、アルタイ諸語説などがある)
バスク語
ブルシャスキー語(ケット語と結びつける説がある)

死語
エラム語
エトルリア語
シュメール語

復活した言語
死語となった自然言語が、努力により「人工的に」復活するという事例がある。主な例は以下のものがある。

ヘブライ語(イスラエルの公用語)
マン島語
コンウォール語

クレオール言語
言語接触によって成立したもの。

トク・ピシン
ビスラマ語
協和語
ピジン語

人工言語
補助言語
歴史的な補助言語
1950年以前に発表された言語

イド語
インターリング
インターリングア
ヴォラピュク
エスペラント
ソルレソル
ノヴィアル
ベーシック英語

比較的新しい補助言語
1950年以降に作られた言語:インターネット上で発表されただけにとどまった言語も含む

グロサ
3CL
地球語
トキポナ
ノシロ語
ユーロパント
ログラン
ロジバン
BABM
世界語 74・07

創作・架空言語
アーヴ語(星界の紋章)
エスキタニア語
エルフ語(クウェンヤ、シンダール語)(ファンタジー映画)
クシュカ語
クリンゴン語(スタートレック)
グロンギ語(仮面ライダークウガ)
コバイア語
ゼビ語
ゼントラン語(超時空要塞マクロス)
ヒュムノス語(アルトネリコ)
ムンビーナ語

言語の研究のために造られた人工言語
エプン語

2009年02月06日

国を裏切りシャオ・カーンによる侵攻に手を貸した

ターニャ / Tanya
国を裏切りシャオ・カーンによる侵攻に手を貸した、エデニアの女戦士。エンディングではリュウ・カンを罠にはめるなど、当初から悪女のイメージが前面に押し出されていた。Deceptionでは顔が凶悪化している。
カニュ デルタ アルベド プロシ ドハウツー ドワイン ドッグカ プレート セレフ ちくせい ファック ろっか クロス ティア パズル データ バビロン ジョドパー ニヒリ ドライ スパーク イカット パプア セコイア 道のかなた あみん ロポリス ラバード トニク ヘリオト ドリーム ナビタフ フリクシ 星屑 イメチ 栗マロン テネシー マクラ トランサー ドルーズ ロボット ルーティン 美しい コロラド デイジー すうせい スパコン キンカン ぴーたん れんが

カイ / Kai
リュウ・カンと同じく「白蓮」のメンバーで、腕に白いタトゥーを施している。逆立ちしながら攻撃する技を持っている。
クァン・チー / Quan Chi
妖術師。堕落の神を崇拝する「The Brotherhood of the Shadow」のリーダー。シノックに協力するふりをして彼が作り出したアミュレットを奪う。その後、シャン・ツンと「死の同盟(Deadly Alliance)」を組み、リュウ・カンとショウ・カーンを殺害する。また、スコーピオンの家族や一族を滅ぼした張本人でもある(そのためかスコーピオンが絡むエンディングでは地獄に落とされたりと悲惨な目にあう)。4では相手のFatalityをそのまま真似るFatalityを使う。
ジャレック / Jarek
黒龍会のメンバーの一人。加納の右腕的存在で、彼と似た技を使用する。シノックを倒す為、一時的にソニアと共闘する。
フウジン(風神) / Fujin
ライデンの弟で風の力を操る神。ライデンを尊敬している。スポンジケーキが好き。日本の神、風神をモチーフにしていると思われる。
レイコ / Reiko
ショウ・カーンの部下。「The Brotherhood of the Shadow」の一員でもある。魔界の支配者になる計画を立てる。ワープしながら攻撃する必殺技が強力である。「レイコ」は日本では女性の名前だが、このレイコは男性である。服装がスコーピオンなどの忍者集団に似ている。ちなみに4のエンディングでは彼のみ一言も喋っていない。
シノック / Shinnok
4のボスキャラクター。元はライデンと同じ古代神。強力な力を持ったアミュレットを作りだし、地球を支配しようとするがライデンに阻止され地獄へ堕ちる。その後、クァン・チーの協力を得て地獄界を手中に収める。4ではシャン・ツンと同じく他キャラの必殺技をコピー(姿は変わらないが、声はそのキャラと同じになる。無論女声も)するが、シャン・ツンと違い独自の必殺技は持っていない。ちなみにシャン・ツンやシャオ・カーンと違い最初からプレイヤーキャラとして使えるボスキャラクターである。また4以前にミレーナのエンディングで名前のみで登場している。

[編集] モータルコンバット デッドリーアライアンス
ケンシ / Kenshi
盲目の戦士。かつてアーマックの命を救い、礼としてサイコキネシスの極意を教わった。名前の元は剣士。
フロスト / Frost
サブ・ゼロの愛弟子で、凍気を操る女忍者。凍気を放つつららの様なヘアスタイルが特徴。後に師匠であるサブ・ゼロを裏切ることになる。
ボー・ライ・チョー / Bo' Rai Cho
魔界の出身だが、死の同盟に立ち向かう戦士たちを指揮する。嘔吐や放屁といった下品な技を持っているが、憎めないキャラではある。酔拳を使う。
Mortal Kombat Deceptionのシュジンコウの師匠でもある。名前はスペイン語で酔っ払いを表すborrachoから。
リ・メイ / Li Mei
ボー・ライ・チョーと同じく、魔界の出身。クァン・チーとシャン・ツンに部下を惨殺された過去を持つ。はじめボー・ライ・チョー等と共闘していた。Mortal Kombat Deceptionのエンディングで一度オナガに寝返ったが、その後Mortal Kombat Armageddonのエンディングでクァン・チーとシャン・ツンを撃破し、復讐を達成した。
ちなみにMortal Kombat Deadly Allianceではかなりのオバさん顔だったが、Mortal Kombat Deceptionでは美人顔に変わっている。
マバド / Mavado
「黒龍会」の前身である「Red Dragon。(日本語名はおそらく「赤龍会」)」の一員。カバルの武器であるホーク・ソードと、フックのついたゴムのような武器を持つ。名前の由来はスペイン語で邪悪を意味するmalvadoから。
ニタラ / Nitara
自分の住む世界と魔界を結びつけたクリスタルを探す女吸血鬼。サイラックス、リープテイルと共闘する。他のキャラと違いどの勢力にも属さない。
ハス・ハオ(もしくはス・ハオ) / Hsu Hao
「Red Dragon」のメンバーの一員。マバドの部下。胸にレーザー光線を発射する装置のついたペースメーカーを装備している。
ドラミン / Drahmin
地獄界(Netherrealm)に住む鬼。仮面を被り、周囲には飛び道具でもある無数の蝿が飛び回っている。右手に金棒を装備しており、攻撃スタイルによってはミイラの様な素顔を見せる。性格はお調子者である。
ブレイズ / Blaze
シークレットキャラクター。全身を炎に包んだ謎の人物。その正体は、テイヴンとディーゴン(後述)の母デリアによって生み出されたクリーチャー。武器は装備しておらず、Fatalityも持っていない。その為三つの格闘スタイルを持つ。オナガの奴隷にされ、オナガの卵の守護をさせられていたらしい。Mortal Kombat Armageddonでは、ボスキャラクターとして登場しかなり大型化した為技のリーチが大幅に伸び攻撃力も上昇したが、格闘スタイルが1つのみになりブレイズにFatalityを決めることは出来なくなった。強力すぎる力を持つモータル戦士達を止めるための存在らしい。Armageddonにおける各キャラクターのエンディングは、ブレイズを倒したことによって強大な力を得るというものが大半を占めている。
実はDeadly Alliance以前にMortal Kombat IIのPitステージの背景に登場している。 
モカップ / Mokap
シークレットキャラクター。モーションキャプチャを担当し、Mortal Kombat IIまでのライデンを演じた俳優でもあるスタッフをキャラクター化。全身に電球を装着している。ブレイズ同様、三つの格闘スタイルがあり、武器、Fatalityは持っていない。
モロク / Moloch
地獄界の鬼。ドラミンとは違い、人型ではなく化物に近い姿をしている。ダウンさせる事はできない。CPU専用キャラクターで、中ボスとして登場。Fatalityを決めることは不可能(Armageddonでは可能)。

モータルコンバット ディセプション
シュジンコウ / Shujinko
コンクエストモードの主人公。エルダー神を復活させるためと信じ、数十年にわたりさまざまな世界を旅し、「カミドウグ」を集める。しかし、神と信じていたものの正体が実はオナガであり、全て集まった「カミドウグ」を奪われてしまう。初めは必殺技とFatalityを持たないが、特典を開放していくにつれ、スコーピオンのハープーン、アーマックのサイコキネシス等、多種多様な技やFatalityを覚える。名前の由来は日本語の主人公。
アシュラ / Ashrah
元「The Brotherhood of the Shadow」のメンバー。外見は人間の女性に見えるが、地獄界出身の悪魔。藁人形を使ったFatalityを持つ。
ダイロウ(もしくはダイルウ) / Dairou
元Orderrealmの守護兵。濡れ衣の罪によって家族を失う。ダリウスのレジスタンスに合流し、ホタルの暗殺を狙う。余談だが、前作Deadly AllianceのKrypt(隠し要素)で見ることができるコンセプトアートでは、未使用キャラとして収録されている。
ダリウス(もしくはダリアス) / Darrius
Orderrealmで圧制に抵抗するレジスタンスのリーダー。相手の両腕と片足を頭部にくっつけるFatalityを持つ。
ハヴィック / Havik
Chaosrealm出身の怪僧。首を180度に回したり、上半身のみ回転させて攻撃するなど奇妙な技が多い。鼻から口までの皮膚が存在せず、骨が露出している。モーニングスターを武器とする。初期設定では口だけではなく、腕などの皮膚も無い状態だった。
ホタル / Hotaru
Orderrealmの守護兵の隊長。Orderrealmの発展のため、オナガに手を貸す。レイコ同様、女性の名前の様だが男性である。緑色の派手な鎧を着ており、薙刀が武器。
名前の元は昆虫の蛍。
キラ / Kira
テロリストに武器を売って暮らしていたが、女性であることがばれて組織から逃げ出す。その過程でカバルに出会い、「黒龍会」のメンバーとしてスカウトされた。ジャレックと同様に技がカノウに似ている他、ソニアの技も使用する。
コブラ / Kobra
「黒龍会」のメンバーの一人。性格はかなり好戦的で惨忍であるが、エンディングでは間抜けな一面も。
オナガ(またはオウナーガ) / Onaga
ボスキャラクター。長年の間、卵として眠っていたが、リープテイルの肉体を媒介にして復活したドラゴンの王。コンクエストモードではDamashiと名乗ってシュジンコウに近づき、「カミドウグ」を集めさせる。かつては魔界の支配者であったが、当時側近だったシャオ・カーンに毒殺されている。そのためか、かなりカーンに怨みを持っており、Armageddonのエンディングではカーンに重症を負わせた後止めを刺さずに、地下牢に幽閉し、シャン・ツンとクァン・チーに拷問を命じるほどである。名前の由来は王蛇(日本語の王と、サンスクリット語で蛇を意味するナーガ)。ラスボスだけあって強いが、ステージ内にある「カミドウグ」を取る(触れる)事によって、一時的に怯ませる事が出来る。

モータルコンバット アルマゲドン
テイヴン / Taven
コンクエストモードの主人公。エデニアの守護者である神アルガスと、強力な妖術師である母デリアの間に生まれた半神。顔に龍の刺青を持つ。
ディーゴン / Daegon
「Red Dragon」の創立者でテイヴンとは血を分けた実の兄弟。彼の弟にあたる。が、テイヴンよりもかなり早くに目覚めていたため、肉体的には兄より年上という状態になっている。両親を殺したため、テイヴンに追われる。
サリーナ / Sareena
クァン・チーの部下で、彼女も地獄界(Netherrealm)出身の悪魔。Mortal Kombat Mythologiesとゲームボーイアドバンスで発売されたTournament Editionという作品に登場した。同僚であるJataaka、Kiaの二人と行動をしていたが、後にクァン・チーの元を離れ、サブ・ゼロと行動を共にする事になる。
ちなみに、Mortal Kombat Mythologiesでは敵キャラとして登場するが、彼女を倒した際にFATALITYを使用するかしないかで途中のストーリーに若干の違いがある(FATALITYを使用しないとクァン・チー戦の最中にサリーナがサブ・ゼロを助けに来る)。
ミート / Meat
Mortal Kombat 4で各キャラクターを外皮が溶けたグラフィックで使用することが出来たものを、Mortal Kombat Armageddonで独立したキャラクターとして採用。歩く度に血痕が絶えず、そのくせレスリング等の身を削ぐような体術を用いるややブラックなキャラクター。また、自分の頭を投げつけたり、大きな肉切り包丁を武器として使う。

その他記述
特殊な英文
ゲームのタイトル『Mortal Kombat』は本来英語では『Mortal Combat』と綴るのが正しいのだが、このゲームにおいては「C」で始まる英単語は先頭のCの文字を「K」に差し替えられて表記する(例:Conquest → Konquest、Coffin → Koffin、Continue → Kontinue、Combo → Kombo 等)。
トッシーおじさんの正体
MK2、MK3等においてアッパーを当てた際に、稀に「トースティー! (Toasty!) 」というボイス(シリーズによって異なる)と共に画面右下から謎の男性が現れることがあるが、彼の正体はサウンド担当のダン・フォーデン(→en:Dan Forden)。日本語話者の耳には登場する際のボイスが「トッシー!」と聞こえることから「トッシー」または「トッシーおじさん」と呼ばれている。因みに一部の移植版では裏技を使うと違うものになる。
ヌーブ・サイボットの由来
Noob Saibot(ヌーブ・サイボット)という名前は製作スタッフのエド・ブーン(→en:Ed Boon)とジョン・トビアス(→en:John Tobias)の2人の苗字を合体させ逆さまにしたもの(BoonをひっくりかえしてNoob、TobiasをひっくりかえしてSaibot。2つを足してNoob Saibot)。
アーマックの由来
初代モータルコンバットにおいて、カラー情報のバグでリープテイルの表示の際にソニア・ブレードの2Pカラーが読み込まれることで緑色が赤く変色して表示される現象があった。プログラマーのエド・ブーンがバグであることを認めず「あれは隠しキャラクター、Ermac(Error Macro の省略)だ」と呼んでいたのがアーマックの元の由来。
続編のモータルコンバットII でスモーク、ジェイドの台詞やエンディング後のメッセージでアーマックの存在は否定されたが、Ultimate Mortal Kombat 3で正規のキャラクタとして採用されることとなった。なお、似たような話でMortal Kombat II にスカーレット (Scarlet) という名の赤い女忍者が存在するという噂も立った。スカーレットは実際のゲーム上では存在しないが、コミック版においてアーマックの恋人として登場する。
コミック版モータルコンバット
米国で発売されたコミック版には本編のゲームには登場しない、前述のスカーレットやハイドロ (Hydro) と言う液体化するサイバネティック忍者等、オリジナルキャラクターが多数登場する。
映画版モータルコンバット
一部ゲームとは異なる設定がある(シャオ・カーンとライデンが兄弟等)ストーリーは1と2がベースとなっている。
ドラマ版モータルコンバット
舞台は1より500年前。主人公はクン・ラオ(先祖)

2009年01月22日

ヨーロッパ東部における組織的殺戮

このような計画とは別に、独ソ戦の開始の翌日1941年6月23日以降、進撃するドイツ軍に追随してハイドリッヒの国家保安本部の移動特別部隊(アインザッツ・グルッペン)が戦線後方の占領地域に展開し、現地のラトヴィア人、リトアニア人、ベラルーシ人の協力を得て、ユダヤ人住民を組織的に殺戮した。この一連の作戦において最も悲惨な例が1941年9月29日・30日に起きたキエフ近郊のバビ・ヤールでのユダヤ人の大量殺害である。 ユダヤ人は移住させるから集合せよとの布告で無警戒に集められ、入り組んだ地形を利用して先頭で行われる殺害を隠蔽し、長い列になったユダヤ人37,000 人をアインザッツ・グルッペンがこの2日間で次々に射殺した。それ以降も同地は1943年8月まで使用されている。

銃撃に依る大量殺害は銃撃する親衛隊員に過重な精神的な負担を負わせることとなった。このことから、その他の方法が考案され、1941年9月3日、アウシュヴィッツ第一収容所でソ連兵捕虜に対して毒ガス・ツィクロンBによるガス殺が初めて行われたとされる。

また、戦線の後方でのこれらのことは、悲惨な出来事を見聞きしたドイツ国防軍上層部、あるいはショル兄妹事件のように一般のドイツ兵の中にも政権に対する疑問を拡大させることになった。

ヴァンゼー会議と「ユダヤ人問題の最終的解決」
1941年末になると、ヒムラーや国家保安本部長官ラインハルト・ハイドリヒは「ユダヤ人問題の解決」に進展がないと苛立ちをつのらせた。彼らは、ドイツ領内から一刻も早くユダヤ人を取り除きたいと考えたが、これにはゲーリングや軍部から反対があった。ユダヤ人は、軍事工場などで貴重な労働力となっていたからである。ハイドリヒは、移送計画を推進するため、1942年1月20日、ベルリンの高級住宅地アム・グローセン・ヴァンゼーにある邸宅(現在ヴァンゼー会議博物館)で関連省庁の次官級会議を開催した。そこでは「ヨーロッパのユダヤ人問題の最終的解決」について討議された。アドルフ・アイヒマンの作成したとされる議事録によると、会議でヨーロッパに住むユダヤ人1,100万人という数がハイドリヒによって確認され、その「最終的解決」なるものが決定された。ドイツ領内には230万人のユダヤ人、ハンガリーには85万人, 他の占領地域には110万人、ソビエトには500万人の合計650万人を、アウシュビッツなどの強制収容所に列車で送る計画が承認された。労働力として役に立つものは、しばらくは生かしておくが、最終的には全員抹殺するというのである。議事録には直接的に殺戮を意味する表現は全く使われていないが、その他のナチ党関連文書においても使用されている「強制移住」、「特別措置」などの語を大量殺戮を意味する隠語と解釈するのが通説である。ただし、この会議に関する公式文書は存在しない。

絶滅収容所

概要
ドイツ国内には既に戦前からダッハウやザクセンハウゼンなどの強制収容所が存在し、それらの収容所は当初は比較的小規模であり政治的敵性分子や西側の捕虜などが比較的多く収容されていた。後に収容者たちの労働によって拡張され、ユダヤ人だけでなく、ロマ人その他の人々が雑多に収容され、収容者はのべ20万人を超える。ダッハウはとくに、薬草農園労働と、生体医学実験で有名である。同地には43年に「バラックX」と呼ばれる死体焼却炉付ガス室が建設されたが完成せず、実用には至らなかった、と言われる。しかし、このことはガス処分がなかったことを意味するのみで、墓地その他の調査によれば、実験による感染、郊外での銃殺などにより、労働強制収容所だったはずのダッハウから数万人の組織的大量虐殺(ホロコースト、ただしユダヤ人以外をも多く含む)が始まった事実は揺るがない。

絶滅を目的とした収容所としては1942年からアウシュヴィッツ=ビルケナウ、トレブリンカ、マイダネク、ベウジェツ、ソビブルなどの収容所が次々と完成しゲットーや占領地域から多くのソ連人捕虜・ユダヤ人が送り込まれた。アウシュヴィッツ強制収容所には大規模な軍需工場が付置され、多くの付属収容所を従えた一大生産基地を形成していた。その他の多くの収容所は僻地に建設され収容者数も多くなかった。ラインハルト作戦と呼ばれるポーランド=ユダヤ人絶滅作戦に沿って作られた収容所ではほぼ全員が直接ガス室に送り込まれたとされる。とくにトレブリンカ強制収容所の犠牲者は群を抜いて多く、およそ90万人がそこで殺されたと言う。

「死の行進」
1944年中頃には、「最終計画」はおよそ完成していた。ナチスが容易に手に届く範囲のユダヤ人社会は、ほぼ全て殲滅された。ポーランドではユダヤ人の約90%、フランスでは25% が殺害された。5月にヒトラーは、演説で「ドイツ国内と占領領土におけるユダヤ人問題は、解決しました」と豪語した。1944 年後半になると、殲滅計画を続けるのは難しくなった。ドイツ軍はソビエト連邦やバルカン半島、イタリアから撤退を余儀なくされ、同盟国の日本とイタリアも敗戦色が強くなった。ロシア軍が東ポーランドの強制収容所に接近すると、囚人はドイツ国内の収容所に移された。アウシュビッツも閉鎖されたが、収容所の記録によると、最後の囚人は13人の女性だったが、みな"unmittelbar getötet"(殺害)されたという。証拠を隠滅するために、ユダヤ人は収容所から収容所へ食料もなく雪の中を無理に移送「死の行進」(death march)されたが、その過程でさらに10万人死んだ。

解放と終戦
収容者に比べて管理する親衛隊の看視兵数は非常に少なく、またしばしば敵機が飛来したことから戦況の悪化が収容者にも知られ、ソビブルとトレブリンカでは蜂起が発生したが、いずれも鎮圧された。トレブリンカではこのとき少数ながら脱走に成功する収容者が出たため閉鎖されてアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に統合された。その他の収容所もアウシュヴィッツの収容能力が上がったため同様に統合された。東部占領地域の収容所は証拠を残さぬよう徹底的に破壊された。90万人の死体が埋められたはずのトレブリンカでは、埋葬地の痕跡さえ残っていない。1944年7月23日マイダネク強制収容所がソ連軍によって解放され、1945年1月27日アウシュヴィッツも解放された。アウシュヴィッツのガス室などの設備は前年の1944年10月に全て爆破されており、ソ連軍が到着した時、看視兵とともに移動できなかった病者や残留を希望した者など約7,000人の収容者を除けば、大量虐殺の証拠は殆ど隠滅されていたと言われる。ベルゲンべルセンでは捕虜6万人が保護され、死体1万3千体が遺棄された状態で発見された。
犠牲者の数
犠牲者について正確な資料が残されていないため、特に後期の犠牲者の数を推測するのは困難である。なお、ユダヤ人の定義は国や時代によって異なることに留意すべきである。

ソ連、ポーランド、ハンガリー、チェコスロヴァキア、ルーマニアといった共産圏が非常に多い犠牲者数である。 この為に、共産国家による敗戦国ドイツに対するプロパガンダ宣伝も入っている。という説もある。 例を挙げれば、終戦直後のニュルンベルク裁判においてソ連・ポーランド調査委員会はアウシュヴィッツで400万が死亡したと告発したが、実際には著しく誇張されており、現在では死亡者総数は100万から150万の間であるとしている。カチンの森事件、ヴィーンヌィツャ大虐殺も実際は共産テロの犠牲者であったが、ナチス・ドイツの犯罪と誤認されていた。
きたみびお 浮草ぐらし ウェッジ ビーピー ツベル タイマー ビヤマハギ フロマ シケイン フリーラジ マスタ わかくさ ハイネッ パラ プロテス ロンネット ソリテー マンス スライド バヌア マート びばい フレアスカ ドトイ ラッシュ ライム ワインバ ナポリタン インゴット リッピン ウェル バター ドグマ とうりゅう スロット モラリ トレジャ フラッシ ヒマワ チャロ ムック テスト パネラー ダース サイト ジャッジ エタイ マッピング 露の契 フェージュ

ユダヤ人
出身国別の犠牲者数
ドイツ: 165,000
オーストリア: 65,000
フランスおよびベルギー: 32,000
オランダ: 10,000以上
ギリシャ: 60,000
ユーゴスラヴィア: 60,000
チェコスロヴァキア: 140,000以上
ハンガリー: 500,000
ソ連: 2,200,000
ポーランド: 2,700,000
このほか
ルーマニアのトランスネストリアにおけるポグロムや特別行動部隊の掃討作戦による犠牲者: 200,000以上
アルバニア、ノルウェー、デンマーク、イタリア、ルクセンブルク、ブルガリアなどからも収容所に移送されたユダヤ人がいた。(BENZ, Wolfgang. Der Holocaust. C.H. Beck 1995)
シンティ・ロマ人: 250,000
同性愛者: 10,000から25,000
精神障害者・重病人など: 20,000から30,000 (Wikipedia:en)
エホバの証人:約2,000
合計すると1,100万人前後 (ユダヤ人600万人、非ユダヤ人500万人) となっている。

イスラエル建国を目指すシオニストたちは産業の基幹要員として、東欧在住のユダヤ人(アシュケナジム)の大半を占めるブルーカラー労働者を多く招き入れることを前提に国づくりを始めていた。しかし、ホロコーストによって受け入れるべきユダヤ人がいなくなってしまったことにより目論見が外れ、のちに中東系、東洋系ユダヤ人(セファルディム、ミズラヒム)の移民を多く受け入れることとなった。皮肉にもホロコーストは、ナチスが夢想だにしなかったユダヤ人国家の運命すら大きく動かしたと言えよう